ひと

納得がいくまで日本のストックの品種改良一筋に◇館山市 黒川 浩さん

ちば民報 2013.2.3

黒川 浩さんの写真

8割の品種手がけ

アブラナ科の多年草で、ストックという花があります。甘い香りのする、素敵な花です。切花は、葬祭用の1本立系品種がとくに有名です。花壇用には、ガーデンストックなどがあります。館山市伊戸に、日本のストックの8割以上の品種を手がけている黒川浩さん(㈱クロカワストック取締役・80歳)という育種の名人がいると聞き、フラワーライン(県道257号線)脇の小高い場所にあるほ場(温室)を訪ねました。。

黒川さんと花との関わりは、子ども時代にありました。祖父が花の栽培を少ししていたので、下花を取るなど出荷の手伝いをしていました。安房農業高校2年生の時、豚・牛・羊・鶏の新種改良についての授業を受けました。当時、畜産の改良の知識は英国からのもので、とても興味をそそられたのです。

この授業で、「家畜は無理でも、植物なら自分にもできるのでは」と、品種改良に希望をもつようになりました。その後、メンデルの本を本屋で見つけて、「遺伝の法則」で新種ができることを知り、難しい内容の本を繰り返し読んで理解を深めていきました。

昭和25年(1950)、農業高校を卒業し就農と同時に育種の研究を始めます。ストックに目を付けたのは、当時「大量栽培に向かない、一番難しい花」だったからでした。「成功すれば、お金になる」と、大きな希望を持ったのです。房総は昔から、花の栽培が盛んな所でした。戦時中は、食糧増産を理由に「花禁止令」が出されましたが、「息子や夫の命日に、仏前に一輪の花を手向けたい」という人が大勢いました。終戦直後から2~3年は最高に花が売れた時代だったのですが、悲しい時代でもありました。黒川さんは、労働集約性のある花なら収益が上がるのではと思いました。

しかし、ストックは難しい植物でした。雨を嫌うことと、育種の定着期(夏~秋)に台風がやって来るからです。当時はビニールハウスなどありませんでした。露地栽培で育種の面積も広げられず、大量栽培ができなかったのです。そこで工夫を重ね、二段式のフレームを作って上下に育種し、台風が来ると地面に降ろして台風を避けるようにしました。こうして、困難を克服して一定量の栽培に成功したのです。

ストックに脚光

昭和31年(1956)、24歳の時に「黒川早生」を発表。日本ではストックが知られていない時代でしたが、大ヒットしました。業者からは、「種をいくらでも採ってくれ。今年も足りない」と言われました。これで、ヒット作品の面白味を覚えたのでした。当時、一般の人の給料が4千円の時、4アールの農地で27万円にもなりました。面白くてしかたがありませんでした。

ハウスのなかに満開のストック

昭和42年(1967)、ちょうどフラワーラインが出来た頃です。10年たって資金も出来てきました。ビニールハウスも普及し始め、チャンスだと思いました。ビニールハウスによって、ストック栽培の困難は解決したのです。

花作りといえば、陽だまりのある山の中腹が一般的でした。しかし、山の中腹では大量生産は不向きです。「ハウスでやれるのなら、山の不便な所では駄目だ」と山を降りる決心をしました。借金をして土地を買いましたが、水の無い所でした。幸いにも海岸沿いに先祖が残した田圃が少しあり、そこに小川の水口もあり、そこから水を引くことが出来て水問題も解決できました。つくづく先祖の有難味を感じたものでした。こうして、現在ではストックの育種に13アール、採種に53アールの農地を所有するようになりました。

引退を返上して

黒川さんは息子の幹さん(49歳)に後を譲り、一時は引退していました。幹さんは大学を卒業してからこれまで黒川さんの仕事を継承し、立派な後継ぎとなっています。しかし、仕事もしないでゴロゴロしていても面白くありません。好きな育種のことが忘れられず、引退は返上しました。ところで、育種は遺伝学の利用です。交配を繰り返し、辛抱強く作り続け、これなら認められるだろうという段階で初めて品種登録します。これまで2人で60品種以上を作り、37品種を登録してきました。ひとつの品種を世に出すまでに、最低6~7年はかかります。その間、品種改良中の種は売れませんが、途中でやめるわけにはいきません。長い歳月がかかり、きりがないのです。だから、育種をやると身上をつぶすと云われたのでした。

花の大手市場の調査で、クロカワストックの市場占有率が86%と知らされました。そんな実績からも、黒川さんは平成15年(2003)にストックの品種改良、高品質種子の安定供給及びその普及により「農林水産技術会議会長賞」を受賞。又、館山市から平成21年(2009)に「名誉市民」に選ばれたのでした。

黒川さんに今後の課題を聞きました。ヨーロッパ、アメリカ、中南米への輸出を増やすことを考えているとのことです。現在でも、海外輸出で高い評価を得ていますが、「今後は海外向けの品種」を作らなければと、考えているのです。

こうして黒川さんの模索は続いているのですが、「それが生甲斐」であり、「納得がいくまで、生きている間は続ける」と嬉しそうに話してくれました。健康で長生きの秘訣も、好きなストックの研究をしているからだと、うなずいてしまったのでした。

㈱クロカワストックへの連絡は、農場:館山市伊戸1752
電話:0470―29―0050まで。

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