ひと

人間の尊厳かけて◇JALの無法と闘う 井原 聡子さん

ちば民報 2013.7.7

日本航空(JAL)によるパイロットと客室乗務員の不当解雇を撤回させようと、6月14日千葉市内で、JAL労働者と連帯する集いが開かれました。映像や寸劇を通じて、たたかう労働組合をつぶすのが解雇の狙いであることがよくわかりました。東京地裁の不当判決を告発する寸劇で、裁判官の一人を皮肉とユーモアたっぷりに好演された、客室乗務員原告団の井原聡子(あきこ)さんに自らを語ってもらいました。

井原 聡子さんのポートレート

御用組合にいて

1979年、大学を卒業してすぐJALに入社し、大阪で地上研修を受けました。その間、組合加入の勧誘を受け、判をつきました。あとで知ったことですが、この年は会社と御用組合(第二組合・以後二組)が一体で大々的に新人獲得作戦を始めた頃。まともな闘う労働組合(第一組合・以後一組)と接触する前に二組に入れてしまおうというわけです。そのあと羽田での訓練中に一組の話を聞くことになるのですが、訓練や試験に明け暮れ、本格的に乗務が始まった後は仕事もおぼつかない日々で、精神的にも苦痛でしかありませんでした。

そんななか、一組のビラが言っていることは正しいと思いながらも、上司や二組からの手厚い保護を受け、完全に二組、会社の側に取り込まれていました。

10年も経ってくると仕事にも慣れ、所属組合による昇格差別や、労働条件にかかわる闘いで、二組が共闘しないことなどに大きな疑問を感じるようになります。そして二組は、一組が勝ち取った成果を自分たちが勝ち取ったと吹聴し、職場討議でも会社側の代弁ばかりしていました。そんなことが重なって二組は絶対おかしいと思うようになってきました。

その頃、ニューヨーク便はアンカレッジ経由で一泊して飛んでいました。それが連続15時間での直行便になりました。さらに1カ月半の間隔で飛んでいたものが、便数増で1カ月ぎりぎりで飛ぶようになります。

そんなとき40代のチーフがクモ膜下出血で倒れ、下半身不随になりました。井原さんは「他人事ではない」と、一組とともに労災認定を闘おうと自分の組合に言ったのですが、「うちの組合員でないから」と拒否されました。「こんな組合ではだめ」と思いました。その頃「沈まぬ太陽」を読んだこともあり、全てが腑に落ちたのです。

母が亡くなり、宝塚に住む父一人になってしまったので、12年前に大阪へ移りました。移転を機に組合を抜けようと思ったのですが、職場の友人関係も良く波風を起こすこともないと思いそのままでした。

その後、JALとJASの統合があり、全ての勤務条件が低い方に合わされました。それでなくても厳しい勤務の90時間というフライトを95時間にする、とんでもない会社提案を二組は受け入れるというのです。

ある同僚は、「井原さん、もう我慢できない。私の後ろには30人ぐらい、組合抜けたいという人がいます」と言いました。そしていよいよ決断、その頃、組合の職場委員をしていましたが、任期途中で脱退しました。2010年12月に解雇される4年前のことです。嬉しかったのは、12名の女性が井原さんに続いて二組から一組に移ったことでした。

JAL労働者と連帯する集いで挨拶する原告団(6月14日・千葉市で)

まわりを元気に

今回不当に解雇された客室乗務員85名のほとんどが一組ですが、10名ぐらいは二組の人でした。そのうち2人が一組に移って解雇撤回を闘っています。二組は「解雇された人は組合員ではない」と闘っていません。

会社は当初自力で再建すると言っていましたが、会社更生法の適用を受け入れました。今回の経営破たんと再建計画は、組合つぶしを狙った偽装倒産だとも言われています。いまJALから、資格を持った機長たちがLCC(格安航空)に流れていますが、こうした動きは10年ぐらい前からあったと見る向きもあります。

東京地裁の不当判決については、「どう考えてもおかしい。こちらが事実を積み上げているのに、『解雇しなくても経営上問題なかった』という稲盛証言を、裁判官が“主観的感情の吐露に過ぎない”と言うのにはびっくりしました」と、井原さんは寸劇の自分の演技を思い出し、笑いつつも痛烈に批判しました。

首切り自由な社会にしようという動きが強まる中、この解雇は正規から非正規への入れ替えが狙いという側面を強く持っていると井原さんは感じています。正社員を大量に辞めさせた一方、客室乗務員の契約社員だけでも千人以上募集しているからです。

いま、ナショナルセンターの違いを超えて、解雇撤回のたたかいを支援する動きが広がっています。さらにより広く国民的な支持の中で闘うことこそ、展望を開く道だと決意を語ります。

首を切られ、寮からの追い出しにあいながらも明るく元気な井原さん。まわりにいる人たちは元気づけられます。根底には、理不尽・不正義と闘っているという信念、首切り自由を絶対許さないという、全労働者の要求と繋がっている誇りがあるのでしょう。あらためて「人間の尊厳」とはなにかを語っていると感じました。

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