ひと

音楽・人生◇松野迅(まつのじん)さん

ちば民報 2013.11.10

バイオリンを奏でる松野じんさん。凛とした表情が見てとれる。

世界各地のステージで演奏活動を繰り広げているヴァイオリニストの松野迅さん。印西市でのリサイタル「まつのじん吉田隆子を弾く」を前に、お話しをうかがいました。

テレビない生活

―育った環境などを聞かせて下さい。

私は、1960年に大阪の南河内に生まれました。両親は音楽家ではありませんが、父は造形芸術をやり、母は薬剤師でした。ともに芸術や中国文学を愛していましたからでしょう。私は魯迅(文学者)の一字をもらいました。

その頃の南河内では、ヴァイオリンなど見たこともありませんでした。たまたま8歳の頃、新聞の折り込みチラシをみて「ヴァイオリンというものはどんなものだろう」と母と教室に見学に行きました。先生が習いに来たものと勘違いされたようで、自然に弾き始めていました(笑)。音楽はとても好きでしたし、自宅には電話、テレビなどの電化製品、お風呂もない環境でしたから、音楽は自然と生活に溶け込んでゆきました。

父に「どうして冷蔵庫がないの?」と聞くと、「あれは古いものを食べるためにあるんだよ」とのことでした。ふりかえれば、テレビや電話が無いのは、耳を鍛える、暮らしを見つめる最良の環境でしたね。

社会と向き合い

―ヴァイオリン一筋だったのでしょうか?

父母ともに社会的活動の中にいて、私も影響を受けてきました。父は「自然科学・社会科学と芸術は、両輪でなければ前にはすすめない」と実践しています。そして両親を通じて、さまざまな方々と出会いました。助言をいただいたり、背中を押してもらったり、人生の面白い側面でした。

そうした出逢いから、ライフワークについて教えてもらったような気がします。コンサートホール以外でのコンサートや執筆活動など、豊かな活動の場を拡げてもらっています。音楽を握りしめながら社会と向き合ったことで、音楽に対して近視眼的にならなかったと思っています。

―少し生活面のお話を聞かせて下さい。

いつもはプライヴェートな話はしませんが(笑)、誤解を解くためにお話ししますね。楽器や稽古場のことを取り上げられると、お金持ちのイメージがつきまといますが、私は個人的に投資したことはありません。私の活動を一緒に取り組んでくださる「松野迅後援会」の皆さん方の知恵の結集です。

名器は過去から預かり、次の世代に手渡してゆくものです。20歳ごろまでに、楽器とはなにか、楽器に含まれる歴史とは何か、数多くのことを教えていただきました。先輩演奏家や楽器の職人さんたちには、ほんとうに頭が下がる思いです。

小学校の頃から楽器工房にでかけ、製作や調整を見せてもらったり、弾かせてもらい、楽器というものの本質を手取り足取り教えてもらいました。たとえば、職人さんたちの「これは高い楽器だよ、でも健康状態が良くないから今の能力は半分かな」、「この弓は前に使っていた人の癖が残ってるよ」といった会話から大切なことを学びました。

演奏について、他人と比較することは全く無意味だと幼いときから教えられました。コンクールについて母は、「しょせん登竜門だから、竜という架空の存在を目標にしている。自分と闘っていくこと。他者と競うものではない」と、論語など漢学から私を導いてくれました。他人の判断を仰ぐ時点で、自己分析ができないことを表明していますね。自己分析ができない人に、作品の分析は困難です。

―松野迅後援会はどのような人たちが参集されていますか?

ファンとしてコンサートに参加される人たち、コンサートづくりにも参加される人たち、そして芸術と社会活動をともに歩む人たちが集っています。お互いの人生をより深めながら、ひとつずつのコンサートをつくりあげてゆく協同作業の場です。

―学校公演にもよくでかけられますね?

さまざま訪問しますよ。学校では感想文を書かせるところが多いのですが、子どもたちの感想は純粋でヒントに満ちています。

ある中学校で、800人の生徒が感想を書いて届けてくれました。私が気づかなかったことや、すでに私が忘れていた感性にであいます。私は全員に返事を書きました。楽しいひとときです。

眠りを許さない

―「9条の会」の講師としても、全国各地に行かれていますね?

音楽という狭い観点から考えても、楽器や楽曲は数多くの戦争を体験し、おびただしい遺産が失われてきました。アジアでは、兵役のために音楽活動・芸術活動を断念せざるを得ない人たちが沢山いるのが現実です。

その中で、日本がいかに憲法第9条の中で文化や教育がはぐくまれてきたのか、もういちど考えねばなりません。アジアの音楽家との交流は、正面からそれらの問題と向き合うことになります。「平和は眠りを許さない」のです。

―吉田隆子さんの曲はどのような作品ですか?

昨年、「太平洋戦争のさなか、新しい音楽を目指し、信念を貫いた女性作曲家」として、NHKが吉田隆子の特集番組を3度放映しました。とはいえ、吉田隆子の音楽が自然に拡がってゆくわけではありません。音楽は演奏することで、はじめて対面できます。私も吉田作品をCDに収録していますが、やはり作曲者と演奏者そして聴者を結ぶのは実演の場です。

吉田隆子は「長くて、短い作品はもういらない」と記しています。つまり、曲の長さではなく、作品の内容を彼女はみつめます。演奏するたびに、その現代性を発見する吉田隆子作品をぜひ聴いてみてくださいね。印西公演では、彼女の思索と思想がつまった「ソナタ ニ調」と、日清戦争をモティーフにした「お百度詣」をプログラムに入れています。

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