ちば民報レポート

保健室の子どもたち30 一枚のチラシ

◇養護教諭サークル 中学校 あまちゃん

  ちば民報 2016.2.21

卒業してからも時折思い出す子たちがいる。浩史君はその筆頭かもしれない。

改札を出たところで、声をかけられた。「いま、浩史と待ち合わてるんです。一緒に待ってて!。会ってくださいね」

ふくよかな体形と笑い声。その雰囲気はちっとも変っていない。シングルマザーで、おばあちゃんと二人三脚で子育てしてきた肝っ玉かあさん。

学校公開や六年生の体験入学などが終わると、入学する中学校の選択となる。ほとんどの子は、通いやすい近くの学校へ。一方、特別の配慮や支援が必要な子の保護者は、かなり悩む時期だ。1月から2月にかけて、個別相談や見学をしながら絞り込んでいく。

浩史君のお母さんと会ったのは、学校訪問の時だった。「この学校で4校目なんです」。健康上の問題を抱えるので、決めるまでは大変だったという。

1校目は、自宅の目の前にある大規模校。人数の多さに圧倒された。2校目は、特別支援学校。環境は行き届いていたが、納得できなかった。3校目は、普通学校の中の支援学級。エレベーターもあり有力候補だった。でも、「もう少し探そう…」と、最後に見学をしたのがこの学校だった。「一人ひとりをしっかり見てくれそうで…」と、決めたのだという。

浩史君は、生まれつき重い心臓病を持っている。困難な手術を繰り返し、何とか命を取りとめてきた。今も専門病院での定期検診や薬の服用が続いている。また知的な面での遅れが少しある。

学校側は、入学することが決まってからは、3月末まで受け入れの準備で追われる。まずは、主治医や小学校の先生と会い、病状そのものと、日常生活で配慮すること等を詳しく聞く。

小学校ではエレベーターを使用しての移動、保護者や担任に一日見守られての生活だったが、中学校での環境はかなり変わる。4階までの階段移動もしなくてはならず、教科担任制もあって、活動範囲も広がる。

「廊下を走ってぶつからないか」「近くで誰かがプロレスごっこをやっていたら」…日常生活での危険はいっぱいある。浩史君を理解しサポートするために、学校全体が出来得る限りのことを考える。

教育委員会には、介助員を要望した。当初、「内科的な疾病には介助員はつけない」と言っていたが、ひと月かかり、やっとOKが出る。屈強な青年がついた。

浩史君自身も、運動や健康のコントロールをする力を徐々につけていった。浩史君との関わりは、他の子どもたちにとっても貴重な時間であり大きく成長する3年間となった。

「先生、久しぶりです」目の前に立った浩史君。しゃれた帽子が似合っていた。専門学校で友達と一緒に映画を作ったという。「絶対、見に来てくださいね」と一枚のチラシをいただく。そういえば絵が上手で、写真を撮るのが好きだったね。

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