ちば民報レポート

保健室の子どもたち31  弱い立場の側に

◇養護教諭サークル 小学校 湯ばあば

  ちば民報 2016.3.20

卒業してからも時折思い出す子たちがいる。浩史君はその筆頭かもしれない。

まばゆい光に春の兆しを感じる弥生10日。

国立大学看護学部を卒業する萌子(仮名)からメールが送信されてきた。久しぶりに感動を抱いた。

湯ばあば先生、お久しぶりです。天候の変化が大きい時期ですがお元気ですか。

遅くなりましたが、少し近況報告です。先月14日バレンタインの日に、看護師国家試験を受け、その2日後に保健師国家試験を無事受け終えました。結果発表は、今月25日で、まだ先ですが、自己採点の結果からすると、おそらく…大丈夫だと信じています。

4月からは、長野県佐久市にある佐久総合病院というところで勤めることになっています。下旬には引越しします。

今でも時々、湯ばあば先生のことを思い出します。湯ばあば先生のように歳をかさねたいなあと思ったりします。直接ご挨拶できず、残念ですが、またどこかでお会いできたらうれしいです。どうぞお元気で、保健室で子どものためにがんばってください。

萌子の話していたことを思い出す。「先生のように、人間に向き合う仕事。弱い立場の側を応援する仕事。そんな仕事を選ぼう」。大学で、看護学を学んでいるころは、「地域保健に興味をもっているのです。地域で暮らす人々の中に入っていきたい」と─。いのちと暮らしを学んで、幅広く成長している萌子の生き様に感動していたことを思い出す。

保健室の養護教諭の姿や仕事をよく観察し、おしゃべりをたくさんして、「真似をしてみたいなあ」と思ってくれている子どもがいることを実感することがある。教師冥利に尽きるということもあるが、人間丸ごとで子どもに向き合い、喜びも悩みもいつもごちゃごちゃだ。

2年生のときに出会った愛子も保健師になった。あの当時、保健室に入りびたりだった。アトピーのかさかさの顔をしていたが、おしゃべりして、笑顔がかわいい子だった。母子保健領域でがんばっているとハガキをいただいた。今は2児の母として、子育てと仕事を両立している愛子に、応援のエールをおくりたい。いつか話をしたいと言っていたが、性教育のことなど思い出し、今の仕事と子育てに奮闘する姿を想像する。

3月。萌子や愛子のように、羽ばたきの希望を胸に燃やすとき。3月11日、東日本大震災から5年。現地で生きる子どもたちも希望の光をもつことができるのだろうか。萌子や愛子に重ねて思う。

本の泉社「保健室」4月号が発刊された。「東日本大震災から五年 子どもとともに希望を紡ぐ」。現地の子どものくらし・遊び・学校のこと・子どもの作文・気持ちや考えがあふれている。涙を流し一気に読んだ。多くの方に購読してほしい。東日本大震災を忘れないでいきたい。

■「保健室」申込は本の泉社 03(5800)8494 月刊 税込み756円

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