ちば民報レポート

保健室の子どもたち36 周りの一声で

◇養護教諭サークル 中学校 あまちゃんえ

ちば民報 2016.9.18

9月の始業式。夏休み明けを乗り切り麻美が登校してきた。一学期途中から続いた保健室登校だったが、校舎を見ても吐き気は出なくなり、少しだけ余裕の表情を見せていた。

「今度、友だちを連れてきてもいいですか?」。麻美は、登校できずに悩んでいる友だちのマリに声をかけていた。

4月に異動してきた私とマリは初対面だった。スラリとした長身。小顔で透き通るような白い肌。太陽の光を浴びていない生活がすぐに想像できた。中国人の母親。父は日本人で中華食堂を営んでいるという。

マリは最近の麻美の様子を聞いていたらしく、「私の話も聞いてほしい」と訴えるように話し始めた。

「先生!今までずっと我慢してきたけど、もう我慢できないんです」

小学校の頃、転校先で3日目から始まったいじめ。シカトされ、馬鹿にされ、悪口を言われ…。級友らはいじめグループを怖れて誰も声をかけてこない。孤独な毎日が続いた。中学校に入っても学校へいくのがつらかった。

「眠れなくって、食べられなくって、苦しくて死んだ方がいい!夜、何度も自分の首を絞めたことがあります。真綿で締めるように。でも、どうしても死ねなくって首に手を回しながら泣いていました。今、学校に来るのがつらい。教室に行くと、気持ちが悪くなり、目がかすんでくるんです」

ギリギリの精神状態を保っていたマリだった。麻美が声をかけなければどうなっていたのだろう。家庭では夫婦喧嘩が延々と続く。自分の悩んでいることを話せばまたケンカになるし、親に心配をかけたくない。唯一、麻美と話すことで慰められていた。両親は、仕事が忙しくて、じっくりマリの話を聴くことがなく、ただ学校に行くようにうるさく言うだけだった。両親にマリの話を率直に伝えた。

母親は、「私が、日本語があまりわからなかったから、この子に勉強を教えてあげられなかった。だから成績が良くならず、不登校になってしまったんでしょうか」という。

それから母親は、保健室に何度も足を運びながら、日本に来てからの苦労話をしてくれた。

9月末の移動教室に向けて取り組みが始まった。教室に入れなくても、行事には参加させてあげたい。学年の先生たちの共通した思いだった。

まずは友だちのコール作戦が始められた。保健室で直接声をかける。電話で話す。少しずつ友だちの輪ができてきた。そして、当日、ついに二人は大きなリュックを担いで移動教室に参加した。太陽の下で見る久しぶりの顔!顔! 

夏休み明けは、中・高生の自殺者が毎年増えているという。周りの人たちの一声で子どもたちの生活が変わり、命が救われる。子どもたちのSOSを見逃さないよう、声をかけよう!

<ページトップへ>