風物

旭市の春大根 わが子のように慈しみ

(ちば民報 2012-2-3)

取材日は珍しく雪が降り積もったが、電車が九十九里平野を走る頃には、雪は殆んど見えなくなった。旭市の飯岡駅では、旧海上町で農業委員をしていた阿部一成さんが待っていてくださった。さっそく飯岡漁港の上、刑部岬につらなる台地に連れていっていただく。あたりには風が強い自然を生かした風力発電の風車が見え、下にはダイコンとキャベツを中心とした畑が広がる。その真ん中に房総食料センターの集荷・出荷所がある。集会所で生産者の川嶌廣幸さんと嶋田耕一さんからお話をうかがった。

旧飯岡町あたりから銚子市にかけては、温暖な気候を生かして80町歩くらいの耕地でダイコンを作っている。3月から5月頃に出荷する春ダイコンは全国のトップクラスで、品質にも定評がある。

種をまくのは三浦半島あたりと同じく11月に入ってからだ。春ダイコンの品種は寒さに強いものが選ばれる。それでも冬をこすのはビニールをかけたトンネルだ。三浦あたりだと、ここよりも暖かなので真冬でも露地でやれるという。

一口に春ダイコンといっても様々な品種があるようだ。「今いちばん多いのは春風太(しゅんぷうた)という品種ですね。品種はどんどん変わってきます。県の試験場で改良されたものを、農協などを通じて作っています」と説明してくださる。作りやすく、いたみにくい秀品だけが残るとのことだ。「冬の寒さの中で育つと甘く、味も良くなる」と川嶌さんは語る。

一番寒さの厳しい時期に育てるわけだから、それなりに難しいこともある。

「春ダイコンはトンネルの中で作ります。晴れるときと悪天時とで温度差があるので、開け閉めで調整するのに手がかかるね。たくさん作っているとなかなか手が回らなくて」。

川嶌さんは春ダイコンだけで4反くらい作っている。幸いダイコンはキャベツとともに大きな連作障害が出ないので、毎年つくれるそうだ。

秋から冬にダイコンを育てた畑は、5月6月はキャベツで、そのあと7月はメロンを作る。「8月、9月は夏休みです」と笑う。その時はマリーゴールドとかを緑肥として作り、花が終った後に鋤きこむから土も豊かになる。また連作すると土壌線虫という眼に見えないほど小さな害虫がつく。マリーゴールドは虫が嫌うため、殺菌・減農薬の取組みにもなる。「花もきれいですよ。来てみてください」。風車の回る台地が花いっぱいの季節にまた来てみたいと思う。

最近はトンネル用ビニールなどの資材が高くなり、それでいて売値が上がらない。飯岡全体で見るとダイコンの生産が減ってきているという。それでも川嶌さんたちは、「出荷が安定しているので助かる」という。

集荷・出荷場を見せていただくと「新婦人」、「札幌」などと納入先がカードで示されている。都市名が入ったものは生協などを示していると説明してくれた。

飯岡周辺でダイコンなどの野菜が作られるようになったのは、戦後の昭和30年ごろだ。昔は練馬や世田谷、江戸川などで野菜の供給はまにあっていたが、都市化がすすみ足らなくなって、この地域でも作られるようになったとのこと。

昔のダイコンは地面の下へ伸び、ヒゲ根が多かった。そのため収穫の時になかなか抜けないで大変な労力が必要だった。今は品種改良で半分ほどが地上へ伸び、ヒゲ根も少なくなり収穫が楽になった。

取材中に軽トラックで嶋田さんのご子息、一雄さんがキャベツの出荷であらわれた。「海匝は後継者率は高いんですよ。旭農業高校がこのあたりの後継育成の中心ですが、特に飯岡の台地のほうは跡継ぎの率が高いんです」と阿部さん。それだけ農業として経営が成り立つということのようだ。

畑を見せていただく。100メートルの長さの畝(うね)をビニールトンネルで覆い、さらに根元を薄いポリビニールで保護(マルチ栽培)している。春ダイコンはもう8センチくらいの太さになっていた。あとひと月ほどで出荷を迎える。覆いのビニールを少しあげて見せてくれた。美味しそうな葉を沢山つけている。「葉、美味しそうですね」と言ったら、「葉を茂らせすぎると根が曲がっちゃう」などの苦労話も聞くことができた。

旭市の野菜といえば、昨年春はシュンギクなどから、原発事故の影響で放射性ヨウ素が検出されたりして、5品目に出荷制限がかかった。「一部の納品先からは“数値は検出されなくても出荷を控えてくれ”ということもありました。幸い今は出荷組合できちんと検査して、懐疑的なものは東京の農民連食品分析センターなどへ送って管理するなかで、以前のようなことはなくなりました。どんなに少ない数値でも公表する姿勢がだいじですね」と阿部さん。

分析センターの放射能検査機器は何千万円もかかり、募金活動をして導入したのだと教えてくれた。「放射能は見えないし、匂いもない…。とんでもない」と怒りを隠さない。

放射能の他にも、東総産廃場問題について県が最高裁決定に沿わない対応をしていて未だに決着を見ていない。作物をわが子のように慈しみ育てる農民の心がある。この心を踏みにじる者への世論の監視がここでも必要とされている。

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