風物

眼鏡橋から白浜城址を歩く 南房総市

(ちば民報 2012-3-4)

安房白浜といえば千葉でも一番温暖な観光地として知られています。そんな白浜にある別な顔も見ながら訪ねてきました。今年の冬は寒い。私たちが訪れた日も北風が吹き荒れていました。まずは関東土木遺産に登録されている長尾橋に向かいました。

その昔、朝命を受けた忌部(いみべ)族の天富命(あめのとみのみこと)が、忌部の神々を引き連れて、四国より来航、一番目が洲崎、二番目に上陸したのが白浜。当時先住民たちは、農作物を鹿に荒らされて困っていたそうです。みかねた天富命は、神々とともに狩を行い、この地が安房開拓の二番目の地になったとか。

そんな白浜の真ん中に流れる長尾川には、石造りの三重橋がかかっています。三連の眼鏡橋は、全国的にも少なくて、関東ではこの橋だけです。眺尾橋とも、長尾橋とも記されていますけれど、愛称は、めがね橋です。明治21年、橋が完成した時は、村誌にあるように、「此地点を徒歩せるなりき」だった人々は、どんなにかうれしかったことでしょう。もう寒い冬に、すそをまくって、そろそろと川の中を渡らなくてよくなったのですから。

めがね橋には、こんな話も…。橋の近く、川の中に大きな石があって石工が石を割ってどかすことに。そのとき、石からバーッと血がふきだし、石工は、恐ろしさのあまり、死んでしまいましたとさ。

作家の林芙美子さんが、「途中、川沿いのひなびた部落があったが、むつかしい世の中になったら、こんなところへ逃げて来ようと思った…」と書いているように、橋のまわりは、今も変わらない静けさと、おだやかさでした。(毎田正子)

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野島崎に向かうと一番先に目に入るのは真っ白な灯台です。灯台の下はのびやかな芝地で、続く青い海の上には大島や伊豆半島が見えます。歩いて野島崎を一周してみました。ハマダイコンやハマナデシコなどの海浜植物も自生していました。遊歩道沿いにはアロエの花が露地でたくさん咲いていて、のんびり歩いて20分位で歩けました。

灯台入り口の厳島神社には、武田石翁という石工が彫ったという七福神が穏やかな顔を見せてくれます。後で調べたら、この石工は住んでいたのが鋸南町の元名。弊紙昨年9月18日号の鋸南町にある石積みアーチ橋「汐止橋」は「元名の優れた石工」によって作られました。元名と白浜には行き来があったことがわかり興味を覚えました。

野島崎灯台から北に歩いて15分ほどで標高150mの里見氏最初の城となった白浜城跡の登山口につきます。

天然の地形を頼りにした古い形の山城です。いわゆる城らしい遺構は殆ど見当たりませんが、2ヶ所の虎口(城の入り口)は岩場を狭く削り作られ、いかにも山城を思わせました。山道はマテバシイの古木にうっそうと覆われて、途中、「展望台」と頂上だけが白浜の輝くような海岸線と里を見渡すことができます。

安房里見氏はここ白浜から発し、中興の祖と言われる第6代義堯、義弘の時代に全盛期を築きました。現在の館山市はその城下町です。

里見家の歴史は、里見義堯から始まる「後期里見氏」によって改ざんされたといわれ、前期の里見氏については分からないことが多いようです。それでも安房里見氏が白浜から始まったことだけは明らかでしょう。

登山口から城跡往復は約1時間。(佐久間 勉)

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