風物

梅ヶ瀬渓谷に理想の地の夢 旧日高邸を訪ねて

(ちば民報 2012.12.16)

市原市の梅ヶ瀬に居構えた日高誠実(のぶざね)は、明治19年、50歳で官有地229町歩を借り受け、理想郷をめざした。植林・養魚・畜産等をしながら、梅ヶ瀬書堂を開校、近郊の師弟に国漢・英数・書道・剣道等を教え、子弟は数百人にのぼったという。

養老渓谷駅を降り右手から回りこみ線路を渡る。約30分歩き朝生原トンネルをくぐると、梅ヶ瀬渓谷と大福山の分岐点。要所には指導標がある。ここから目的の日高邸跡までは約3km。林道をしばらく行くと細い沢沿いの山道になる。

道は沢を10回ほど渡るが、ほとんど橋はなく、飛び石を選んで渡りながら進む。道に迷ったかなと思ったら、沢に沿って道があった。ただ大雨の後は増水で渡れないので、その時は大福山などにコースを変えよう。

山道には名残のリンドウ、リュウノウギク、そして始まったばかりの紅葉と、自然があふれている。渓流の水深は膝以下で、清流が砂岩の岩盤の上をゆっくり流れて、時折ウグイのような小魚が走る。

谷は流れそのものは優しいのだが、岸はいきなり切り立った岸壁になっている。雰囲気としては深山幽谷の趣がある。

休憩用のベンチがいくつもあるところが大福山の分岐。ここから10分もしないでモミジの巨木が数本立つ日高邸跡だ。よくもこんな山奥に、と思うところだ。「豪雨のたびに山は崩れ、川は埋まり、根付いたばかりの木も倒され、養魚場も荒らされた」とのことだ。

日高邸の面影はわずかに遺構となってわかる。しかし、深い谷あいの狭いところで、どうやって「学校」のようなものをやっていたのだろう。30年近く居を構えたというのが想像できなかった。100年以上の巨木となったカエデの紅葉が美しかった。

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