風物

平和への祈りこめ◇房総わだつみ美術館

ちば民報 2013.8.11

絵の題「払暁の船出」大勢で砂浜から船を押している

「払暁の船出」

どこかに人が

入ってすぐの、「払暁の船出」。港がなかったころでしょうか。大勢で砂浜から船を押しています。しかも船は、和船です。美術館ですからあたりまえですけれど、絵がいっぱい。ワクワクしながら、次の絵です。

「昔日の大井浜」。「あのころは、いいところだったのよ。今は、今風の家がデーンと建っちゃってね」。奥様の、のりこさんです。吉郎さんの絵は1000点を超えるそうです。そしてその多くは、故郷大原あたりの何気ない風景です。「牛舎の裏庭」「孫の迎え」「わだつみの彼方」…。

見ていて気が付きました。どの絵にも、人が描かれています。この絵には、人はいないかな、と思っても、どこかに、小さくてもちゃんと描かれています。吉郎さんの心をちょっとのぞけたような気がしました。

「この絵、ミレーに似ているでしょ」「夕焼けの家路」です。「ミレーを敬愛していたのよ。でもミレーより明るいでしょ。本人は、そんなに明るい人ではなかったけれどね。あっ、おこっているかな」。

吉郎さんが絵を志したきっかけは?ときいたら、小学校の高学年の頃、知事賞に選ばれて、当時の東海村(現いすみ市)の村長さんに連れられて、県庁に行ったそうです。きっと、どんなにか、村長さんともどもうれしかったことでしょうね。計理士(公認会計士)として、50年以上働きながら、独学で絵を描き、2001年、この美術館を建てました。

吉郎さんの絵に対する想いは、「…日本は敗れて、戦争に駆り出されることがなくなって…描くことに私は心を燃やし習い続けてきて、これ以上の幸せはありません。そんな私が描く、風景、人物、動物、植物、すべてに平和な暮らしが続くよういつも祈っている…」。

絵画、砂浜で朽ちた木造船を子どもをおぶった女の人が見入っている姿が描かれている。船は遠くまで漁にでていたのか人物と比べると大きい船だ 絵画、砂浜につながる小路がある。一人の女の子が花を摘んでいる。小路を母親と見られる女の人が小さい子を背に、迎えにきたようだ。

選べないわ

「絵を描いていた時が、一番気が休まっていたでしょうね」。のりこさんが、ちょっと遠い目をしました。「どの絵が一番お好きですか」とうかがってみましたら、「選べないわ。絵に惚れなければ、絵描きと一緒になんかなれないわよ」って。ほんと、愚問でした。

房総の絵のほかにも、のりこさんの故郷、長野県の「小海の駅」、吉郎さんの肖像画、「ダンデイ像」。ちょっと不思議な、「明日は、信長を討ちにいくぞ」と決死の表情の明智光秀の50号などもあります。

そして私は、「摘み草」という1980年に描かれた絵が、とてもすてきだと思いました。青と白の、透明感のあるさわやかな絵です。同行の編集長は、砂浜に半分うずもれて、朽ちていく船の絵の前で、しばらく動きませんでした。この絵は、どこかのご夫妻に欲しいと懇願されたようですけれど、のりこさんが売らなかったようです。

吉郎さんの絵は、海外でも高い評価を得ているようで、「ソフィア国立海外美術館賞」「ブルガリア国際芸術博覧会賞」などなど、賞状もたくさん。

吉郎さんが他界されてからは、のりこさんお一人です。美術館を維持、運営していくのには、ご苦労も多いことと思います。

そんな中、「戦争は絶対イヤ。憲法九条は、何としても守らなくては」と、地元の九条の会で頑張っていらっしゃるお話も伺いました。取材の前日には、この広い芝生の庭で、九条の会のバーべキュー大会があったそうです。残念! 一日遅かったか。

のりこさんの名刺に載っていた「双瞳」という、畑仕事の中、赤ちゃんにおっぱいを飲ませる若い女性の絵を見に、もう一度美術館にいってみようと思っています。

▼房総わだつみ美術館 いすみ市岬町江場土2761
http://www.hobby-life.co.jp/wadatsumi/

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