風物

ほんわか、ぽよっと~◇長南町 芝原人形

ちば民報 201.1.5

明治の初め、長南町・芝原の田中金蔵さんによってはじめられた芝原人形は、土人形です。手起こしで型抜きし、乾燥させ、2昼夜をかけて850度で焼きます。その後胡粉をかけて泥絵の具で彩色。縁起物として、また3月、5月の節句人形として、愛されています。ふるとカラカラと音がするので、石っころ雛ともいわれているようです。江戸時代から350年の伝統を持つ土人形の系統とか。その芝原人形をつくる千葉惣次さんの「縁起物展」におじゃましました。

展示場は別世界

飾り棚の中に飾られた干支のうま

長南町の笠森観音の近くの会場に続く小径には野菊が咲いていました。暖簾をくぐったとたん、なんともいえない別世界に入り込んだような雰囲気です。

どれから見たらよいのでしょう。古民具らしい、黒い大きな飾り棚の中に、干支の午(うま)がいっぱい。他にも、宝船、七福神、福俵、招き猫、犬、かめ、ふくろう、おふくさん、などなど。土人形は、どれもこれもやさしげです。

壁面のあちこちに、古民具も飾られています。千葉にこんな手の込んだものはないという背負いかごとか、ソフトクリーム屋さんを思わせる筆屋さんの看板とかが展示されています。赤い一子侘助やガマズミの実が花籠に活けられていました。

江戸時代の奥飛騨の臼は、餅を入れる部分がくりぬいていなくて、たいらです。日本で10個きりしか残っていないそうです。来客をもてなす大きなテーブルは、山形の蔵の扉。長椅子は20年前、惣次さんが奈良でみつけたという、太い木をくりぬいた水道管です。

こんな山の中だというのに、お客さまがひっきりなし。そのうえ、今日初めて焚くという薪ストーブが忙しそう。惣次さんは火の粉が心配といいながら、次々枯れ木をくべて、なんだかうれしそうです。なかなかお話を伺えません。

芝原人形に魅せられ

千葉惣次さんの写真

夕方近く、やっと惣次さんにお話を伺えることになりました。そもそもは、「祖母が3月に飾っていた芝原人形かな」。

高校生の頃には、その人形を求めて、芝原人形3代目田中謙次さんのもとに通うように。その後、土人形をさがし日本中を旅して、偶然?必然?故郷にもどって、4代目を継ぐことに。

「芝原人形は、千葉独自のものとは言えません。京都に始まった土人形が、やがて全国に広がり東京にも。浅草の今戸人形からの影響も強くて」、「冬、寒い地方では、家にこもってじっとしていることが多いでしょ。詩人とか、哲学者は、北国に多いと思うんですよ」。次のお話は?「あっ、すいません、ストーブ燃えてます?フタ開けてみて」。そして続きます。「多神教は、一神教にはかないません。そんなときは、こちらは多様性あり、と切り返さなきゃ」。

も~私には、ついてゆけません。ツヤツヤのお顔で次々繰り広げられるお話。若さの秘訣は?「人間関係のストレスがないから。好きなものに囲まれる生活だからでしょ」って。

外が暗くなってきました。まだ十分に見ていません。ここにある現代のものは、薪ストーブだけです。

どなたが、いつ、どんな会話をしながら、これらのお人形を飾って、これらの道具を使って…。そんなことを考えながらの飾りつけは、さぞかし楽しいことでしょうね。

「皆さんに喜んでいただけるよう、努力します」と惣次さん。そういえば、東京から来たという女性が、「もうじきお正月。毎年ここでの飾りつけを、参考にさせてもらうんですよ」。干支のうまを大事そうにしていた小学生の兄弟は、「芝原人形大好き。これで4つ目」。そばで若いお母さんが微笑んでいました。

帯留め、ブローチ、茶筅などの蒔絵が飾られたケースが目に留まりました。中でも、野分きと書かれた銘々皿の前で、編集長は、くぎづけ。夫人の眞理子さんの作品です。その繊細さといったら…。飾り物ですかとうかがったら、「使ってほしいです」って。太い梁の建物の会場にさげられた、数枚の大きな白い和紙の切り絵も、眞理子さんの作品でした。

惣次さんが出版された「江戸からおもちゃがやって来た」「東北の伝承切り紙」などの本のことや、御殿玩具とよばれる、公家やお姫様が使った、犬筥(いぬばこ)、福良雀のことや、知りたかったことは、まだまだたくさん。

一度芝原人形に会いにいらっしゃいませんか。寒い冬、ほんわか、ぽよっと、心があたたまりますから。

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