風物

銚子・寳満寺の天井画◇描いたのは異国の女性クリスチャン

ちば民報 2014.5.5

銚子駅から南に10分ほどの森の中に浄土真宗本願寺派・寶満寺がある。本堂にはアメリカの女流画家ジェニファ・バートレットさんが描いた天井画がある。

寶満寺のルーツは、寛永年間(1624~1644年)に三浦半島の三崎町に創建された西方寺だという。漁業の交流のなかで銚子に移転してきたのだろうか。1707年、寶満寺と改称、一時は銚子の真ん中に、間口8間、奥行き13間という壮大な伽藍を展開し京都西本願寺別院となっていたという。

本堂は奥に仏様が祭られている大きな祭壇がある。その天井は格子状になっていてそこに絵がはめ込まれている。

銚子大空襲で周辺の街ごと焼かれ、昭和28年、現在の地に建て替えられた。寺は鉄筋の独特な建築様式で、本堂の上部が鐘楼となっている。

天井画を拝観させていただく。格子状の天井に321枚の絵が、和紙に岩絵の具で描かれている。多くは江戸千代紙のような幾何学的な図柄だ。よく見ると銚子あたりで使われている民具、漁具や魚、植物なども描かれていて、本堂の「和」の空間にしっくりと溶け込み、日本画のようだ。アメリカの画家により描かれたものということなどすっかり忘れて、作品に見入った。その間も、お参りに来る檀家の方が絶えなかった。

絵の制作を依頼したのは、前住職の清谷中(ただし)さん。現在の住職である息子の亮さんは、この作品が描かれた頃は、京都の西本願寺で修行されていたという。「詳しくはわかりませんが…」としながらも、 制作前後のことを語ってくださった。

ことの発端は、1989年に画家のバートレットさんの個展を見て、中さんが絵に惚れ込み、「ぜひ寺の天井絵を」と制作を依頼したことからだ。

バートレットさんはクリスチャン。「国も、宗教も違う、そんな自分が仏教の本堂という核心の場所に絵を描いていいのか」と深く悩んだようだ。しかし中さんは渡米してまで懇願した。その翌年、バートレットさんが銚子に来て、しばらく滞在し街を取材、構想は練りあげられた。

絵には幾何学模様のほかタイ、サバ、サンマなどを網にかかったように描かれている。

「十字架を描かなければ何を描かれても結構です」。こう中さんはいい、注文をつけたのは、「できれば銚子の文物を」だけだった。その意味は、参拝者や、何かの折に本堂で寝泊りして合宿をする少年たちに、「異国の画家の目に銚子や日本がどう写っているか。街を再発見し、世界的に認められる文化があるということを感じてもらえればいい、との思いではなかったか」と語る。こうして1992年に完成した。

公開されると、当然のように、「アメリカ人」「異教徒」「女性」が話題になった。「しかし、仏教だって中国や朝鮮などの文化を様々に受け継いで伝来した。父にこだわりは無かったようで、むしろ旧来の枠を超えた人に描いてほしかったようです。将来はこんなやり方が当たり前になると言っていました」。魚の絵もナマグサということで話題になったが、「私らが食べてるわけじゃなし、銚子に魚は欠かせませんから」と亮さん。

こうした発想をした先代の中さんやバートレットさんに思いを馳せる亮さんは、本来の宗教の在り方をみすえているのだろうと感じた。

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