根幹は戦争をしない国---法政大学総長 田中優子さん

九条の会・千葉地方議員ネットなどが憲法集会

  ちば民報 2014.5.5

4月19日船橋文化ホールで九条の会・ちばけん、九条の会・千葉地方議員ネット共催の「憲法集会」で、「今こそ戦争への流れを止めよう/田中優子さんに学ぶ憲法と江戸学」が開かれ1000人余が参加しました。田中優子さん(法政大学総長)の講演要旨を紹介します。

グローバル化

着物姿で講演する田中ゆう子さん

いまグローバル化が進み、地球が一体化していますが、それは良い面とともに悪い面もあります。悪い面は多様性を失ってきていることで、生物の世界でも言えますが、ちょっとした事でどこかが崩れるとすべて崩れてしまいます。だから多様性は大切なのです。良い面はわたしたちの自覚を促すことです。こうしたなか、私たちはどのようにしたら良いでしょうか。

世界は一体化していますが、幸せだけがどんどん広がっている訳ではありません。日本でも同じですが世界中で自然災害が大きくなっています。国内の公害問題は一時期よりもよくなり、少しは乗り越えて持続可能な社会を目指しつつあります。しかし世界を見ればまだそこまで来ていない国が多く、貧しい層、とくに農業をしている方々に犠牲が集中しています。また原発の事故が世界中で起き問題となっていますが、地震国日本では一番事故が起きやすい。こうしたなかで、私たちはどんな国をめざしたらいいかを考えることが大事です。

「大学をもっとグローバル化せよ」と言われています。たしかに学生は就職のとき、どこにいくか分からない。日本の企業で仕事をするとは限らない。日本企業でもアジアやヨーロッパなど世界のいろいろなところに派遣され、そこで一人でリーダーシップを発揮しなければならならないこともあるでしょう。そんな時に、日本の根幹を理解した上で、異質の文化や歴史をもつ世界の人たちと向き合い理解し合うことが大事です。それが、戦争をする国になるか、戦争をしない国でいるかということと結びついてきます。

「太平の世」とは

一つの事例として江戸時代の話をします。日本は過去に何回かグローバル化の波を受けてきました。私が著した「グローバル化の中の江戸」という本を読んでいただければ詳しく述べていますが、最初は1500年代の16世紀。コロンブスは船で西を目指していましたが、実は彼らは日本の金が欲しかったのです。

当時、日本は金もありましたが、銀の産出が豊富だったため東南アジアの各地で貿易や商売で優位にたてました。ところが南アメリカから金が入ってきて、銀の価値は落ちて焦ります。こうして当時の日本は、中国やポルトガルから情報を仕入れて、自分たちも領土の拡大路線をとるようになります。

豊臣秀吉は、諸外国に対抗するには戦いをやめて全国統一をせねばならないと考え、実際に統一をなしとげます。しかし戦国の時代が続いたために人心は疲弊し、農地は荒れ放題になっていました。そうしたなかで国の統一を保つために外部に敵を求め、朝鮮から中国、アジアの支配をめざしました。秀吉は当時のハイテク武器である鉄砲を大量に作り、朝鮮に派兵しますが2度とも負けてしまいます。朝鮮を攻めたら同盟を結んでいた中国が出てきて参戦したためでした。武器でも歩兵の数でもとうていかなわない。

日本が海外に戦争を仕掛ける野望は果たせなくなりました。こうした状態から、残された唯一の道として出来上がったのが「太平の世」、江戸時代だったというわけです。決して関が原で勝った、負けたというだけではありません。

外交では、朝鮮がなければ日本の産業文化は成り立たないと、朝鮮との関係を修復します。同様に琉球王朝は中国の家臣として守られていた経緯がありましたから、琉球も朝鮮と同じように尊重し、その関係は11879年に「琉球処分」として日本に併合されるまで続きます。

こうして江戸時代は、法治国家として内戦もしない、対外的な戦争もしない国にするという決断をするなかで、平和な時代が270年も続きます。幕府が歴史のなかでこれを決断したことは重要でした。戦争がない中で暮らせるのは何と幸せなことか、という意識が国民の中に根付いていったのです。

なぜこうした政治思想が出て来たのか?それは儒教が大きな影響を与えています。孔子は戦争を回避するという考え方でしたから。そのためには法治国家として国を治めることと、そう考える「人」を大切にするという考え方が普及します。その一つの手段が本を読める人を増やすことです。また商人も手紙などの文字や算術を学ぶ寺子屋をつくりました。

江戸時代はいろいろな生産活動が国内、地域で循環型に完結していました。建築物もリサイクルが当たり前、街場で出た排泄物さえも下肥として使う社会的なシステムでした。布などもさんざん使いまわして、最後に燃やしたその灰を肥料にしたり、洗剤として利用しました。武士も清貧に甘んじ、江戸城でさえ1657年の火事で焼けた後、天守閣は再建しません。そもそも平和の時代には戦争のための天守は必要なかったのです。江戸時代というのはこうして、経済基盤や考え方が、外国に侵略して戦争しなくてもすむ国として成り立っていたのです。

しかし明治になって大きくグローバル化の中に放り込まれ、戦争を必要とする植民地主義の道を歩き始めることになりました。

見抜く力を

今日では新しいグローバリゼーションとして世界的に戦争する国は否定されています。それに加え、江戸時代の身分制度や差別構造を許さない、その時代にはなかった人権と平等が日本国憲法のもとで等しく保障されています。人権とはお互いを尊重するという考え方です。戦後は戦争しない国を懸命に作ってきました。

憲法は「人権」を重視し、「戦争をしない国にしていこう」という声がいっそう高くなりつつあります。解釈改憲と言って声高に主張する人はいますが、その手続きはかなり厳しいでしょう。だいたい「憲法9条」の「戦争の放棄」も、最初はそんなことは出来ないと思われていました。

しかし私たちの国は人類史上まれに見る「戦争の放棄」を実現している。江戸時代は戦争をしない国として存在した。これが日本という国の根幹です。9条が私たちの誇りに思える日が来るとの自信を持ちましょう。そのためには自分で考え、選択し、選ぶ力をつけましょう。選ぶのを止めて「他人がこう言ったから」というよりも、それが本当かどうかを見抜く力をつけましょう。


九条の会・千葉地方議員ネットは、「住民福祉の向上と平和を願う地方議員こそ憲法第九条を大切に」と、2005年結成され、今は党派を超えた県下の地方議員約140人が活動している、都道府県レベルでは全国初のネットワークです。

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