保健室の子どもたち 10 前に進めるように

養護教諭サークル◇中学校 あまちゃん

  ちば民報 2014.5.18

5月の連休明けは、毎年のように、気にかかる生徒がいる。良太君(仮名)はその一人。

中学校入学式の日、笑顔一つ見せない父親がいた。式後の面談の際、けだるそうに、「もう、どうしょうもないですよ」「また、同じでしょ」。5年生から不登校になっている良太君の対応に疲れ切っている様子だった。

それでも、小学校からの友だちが迎えに寄り、何とか1ヶ月間は登校した。父親は、トラックの長距離運転手。一人で良太君を育てている。小学校5年生の頃、母親は自分の生まれた国に戻ってしまい、その頃から良太君は不登校に。父親にも心を閉ざし、会話もほとんどなくなっていた。

担任が家庭訪問をすると、閉め切ったアパートの一室で好きな鳥と遊んでいた。表情は無く、うつ的状態で、室内は鳥の羽と糞にまみれていた。父親の帰宅が深夜になるので、夕食はカップラーメンを一人で食べている。

健康面の心配もあり、父方の祖父母の家に学校から再三連絡をとった。しかし、様々な確執から息子の結婚を機に縁を切り、一切行き来をしていないとのことだった。閉じこもった良太君の状態を何とかしたいと思っても、父親にはなかなか連絡が取れず、祖父母はとりつく島もない。

でき得る手だてを皆で相談し、学校だけでなく、地域の民生委員さんにも訪ねていただいた。周囲の働きかけもあり、時折、良太君は登校してきた。でも、その表情はかたい。体は小さくやせていて元気がない。給食も、ほとんど食べない。ポツリポツリと話してくれる内容からは、母親のことが一番気になっていることがうかがえた。

家庭の問題にどこまで入り込んで良いのか…ためらいもあったが、良太君を最優先にし母親に会うことをすすめた。「このままでは、良太君もお父さんも前に進めない。二人の“心の居場所”を確かめることが必要ではないか」、率直に私たちの思いを父親に伝えた。

父親は意を決し、厳しい勤務の中、一人で会いに行った。母親は、すでに新しい暮らしをはじめていることがわかった。話し合いの末、ようやく気持ちの整理が付き、離婚をして再出発することになった。

その後、祖父母との行き来ができるようになった。生活リズムを取り戻した良太君は、生きいきと学校生活を送っていた。やせ細っていた身体は3年間でたくましく成長した。そして、良太君の卒業式には、祖父母も出席。一緒に並んで座る父親の晴れがましい顔は忘れられない。

子どもたちをとりまく状況は複雑だ。地域のつながりが薄く細くなっている。誰にも相談できずに子育てに悩む親御さんがたくさんいる。地域から孤立し、家族がバラバラになり、子どもと親自身も心を病み、救いを求めている。

その子のつまずきは何なのか?どんな支えが必要なのか?目の前のできることから支えたい。子どもにとっても大人にとっても、心地よい“居場所づくり”が必要になっている。

<ページトップへ>