次の世代に伝える-染織伝承館「布衣風衣」

  ちば民報 2014.6.15

「絶える」にムラムラ

君津市糸川に、新潟の古民家を移築して、染織の技術を伝える私設の伝承館「布衣風衣」(ふいふうい)が建てられているというので、館長の渡辺一弘さん(67歳)と織物担当の豊子さん夫妻をお訪ねしました。

染織にかかわる習俗として伝えられたことばに、「はしゃぐ」というのがあります。麻織物を織るには、寒中の積雪時が好都合で、経(たて)糸を霧吹きでしめらせながら織りすすめます。空気が乾燥し、温度が下がると、機(はた)に張った経糸がポンポンと切れて織りすすめません。織り手は布地に傷を残さないように、経糸の切れと糸繋ぎに苦しみます。この経糸の乾燥を「はしゃぐ」と称し、注意をしながら織物を織ったのです。そのことばは、人間関係の中で「騒いで落ち着きのない人」を指すようになりました。このことばが示すように、染織の作業は大変だったのです。機械化がすすんだ今では、手織りの技術は後継者もいないことから絶える寸前になっているのです。

昔ながらの両手両足を使う機織り機を操っている

「機織り」で一枚の布にします

木更津に住んでいた一弘さんが、機織りに出会ったのは24歳(71年)の時。木更津市の「県立上総博物館」(現在は閉館)のオープン記念行事で、東庄町の機織り経験のあるお年寄り4名による実演を観たのです。1年後、「機織り技術は、後継者もいないとのことで、滅びさせてしまうには惜しい」と、「機織り講習会」が上総博物館で開催されました。渡辺さんは講習会に参加し、技術の習得に励みました。それは、「後継者がいない」「絶える」という言葉に、「ムラムラ」ときたからでした。「よし、それなら自分が」と、毎週博物館に通い、機織りの伝承活動を始めました。

74年からは年に1回、博物館での「機織り講習会」の講師を務めるようになりました。「はたおりサークル」の活動を始めたのは78年から。当初は機織りだけでしたが、その内、県内外の機織り関係のお年寄りを訪ねてはさまざまな技術を習い、綿(わた)作りから機織りまでに至る、一貫した工程を継承するようになったのです。豊子さんとの出会いは、「綿」つながりでした。当時、東京に住んでいた豊子さんは「綿植え」を試みましたが、綿がはじけなかったのです。「何故?」ということで、講師として東京にやって来ていた渡辺さんに教えを請いました。結果は、「新種の綿」であったことと「育て方」にあったのですが、そんな縁で結ばれることとなりました。

新潟の小千谷市より、築150年の古民家を君津市小糸に移築したのは今から9年前です。移築の最後の資材を積んで高速道路を走っていた時、あの中越地震が起こったそうです。もう少し遅かったら、中越地震の直撃にあったのです。その意味で、この古民家には思い入れがあるのでした。土地は89年に綿畑として取得しました。

「普段」のものを

左手に持つ箸を芯にして右手で綿に撚りをかけている

「撚(よ)りこ」作業をする一弘さん

93年、「はたおり伝習所」を設立し、伝承活動を始め、05年に染織伝承館「布衣風衣」を設立したのです。布衣(ふい)とは、一般庶民の着る麻や綿の服のことです。渡辺さん夫妻が作るのは、奢侈品(しゃしひん)ではなく庶民が着る服や布地であり、派手なものはなく実用品ばかりです。昔の農家が、「普段使っていた」ものを伝承するのがポリシーなのでした。それは、食にも及んでいました。自給自足にむけて、味噌、醤油、麹、味醂などを手作りしているのでした。

古民家は昔ながらの懐かしい土間が広がり、奥に囲炉裏と自在鍵のある座敷があります。入口の右手には、藍玉を作る藍甕(あいがめ)がいくつも土中に埋められていました。しかし、商売で藍染めをするわけではないので、実際にはポリバケツで充分とのことでした。庭には、綿が植えられ、その他にも借りた畑で綿の栽培をしているのです。綿を摘むのは8月末から。今はまだ芽を出したばかりでした。

糸車を左手でまわしながら右手で綿を糸状にしてゆく

「糸紡ぎ」する豊子さん

実際に染織の作業を見せてもらいました。①「綿くり」―摘んだ綿の種を取ります。取った種は天ぷら油になります。②「綿打ち」―種を取った綿を弓で打ってほぐしていきます。ふわふわになるまで、何度も繰り返します。③「撚(よ)りこ」―箸を芯にして細かい繊維を指先でねじって絡み合わせ糸にします。④「紡(つむ)ぎ」―獄中でガンジーがやっていた「糸紡ぎ」です。⑤「藍染め」―糸紡ぎで作った糸の束を、藍玉の入ったバケツに3~5回と、空気を入れながら「浸ける」を繰り返します。回数で濃さが増えます。藍玉は、藍の葉に水分を加え、発酵させて作ります。⑥最後は「機織り」―糸を織って布にします。

染織の全工程を見るのは初めてでした。渡辺さん夫妻はこの古民家で、「染織教室」を月・金のクラスで月に各4回開いています。綿の栽培から織りまでの一貫した技術、絹や麻にかかわる技術の伝承活動をしています。生徒は10人程で、遠方では高崎市から通ってくる人もいるそうです。

昼食をご馳走になりました。借りた畑で、麦、大豆、小豆等々。田圃もやって、食べたいものを作っているとのこと。炊き込みご飯の中には、空豆が入っていました。出されたものは、全てオーガニックで身体に優しい味でした。

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