保健室の子どもたち 12 生き難さをこえて

養護教諭サークル◇中学校 湯ばぁば

  ちば民報 2014.7.13

山法師、泰山木、紗羅の木の真っ白の花が今年も咲いた。いつも花花の白の色に純粋な子どもの気持ちを思う。久しぶりに、スーパーで俊夫ママに会った。
「こんにちは!」
お互いに懐かしい思いの顔で挨拶をかわした。
「どうおー。お母さんの具合は?」

俊夫は、12年前勤務していた中学校の生徒だ。俊夫ママとは、そのころから、よく立ち話をした。俊夫ママの母は病気で一人暮らし。その母を見舞い、世話をしに実家に通った。

親の介護、思春期の子どもの心配、そして更年期に入った自分自身の心身の不安定。俊夫ママは、その真っ只中を生きていた。
「先生!俊夫はもう24歳になりました」
「あらそう。そんなに大きくなったの」
「まだ大学です」
「そう。大学院?研究室にいるの?」
「私立大学を終え、T大の大学院に行っています」
「すごいね!研究者の道を行くのかな?」
「T大学なんかどうでもいいです。人とかかわらない道を選んだだけですよ」

「親としたら、これから先どう生きていくのか心配です。高校を選ぶときも、同級生に会わない高校を選んだつもりが、同級生の女の子が一人いたんですよね。それで3年間気持ちが晴れないまますごしたんです。それで誰も入れないT大学に行ったんです。先生、わかるでしょう!人とかかわって生きてほしいという親の気持ち!」
「そう。あの時のいじめが回復していないまま10年が過ぎたんだね。お母さんの気持ちよくわかるわ」

俊夫は、中学2年のとき、男子集団のいじめにあった。トイレに連れて行かれ、パンツをおろされた。その時の俊夫の青白い顔を思い出した。あの屈辱と暴力は、いまでも絶対に許していないだろう。

卒業してからも、あの日の出来事から傷を負い、ずっと生き難さを抱えている事実について、謝罪するとともに教育の課題を真摯に受け止めていきたい。

中学2年生は社会への異議申し立てのように、非行に走ることがある。俊夫が人とかかわらない道を選ばず、相手をやりこめる道を選らんだら、どうなっていただろう。どんなときでも、子どもの気持ちと伴走する大人が必要だ。

そんなある日、「被害者 加害者対話の会」があることを知った。被害者と加害少年、家族や地域の人々が集まってお互いの気持ちを語り合い、どうしたら被害者の気持ちが癒され、少年が立ち直れるか考える場を提供してくれるという。秋には、少年事件のような場合だけではなく、虐待 性的虐待 いじめなど幅を広げた活動が立ち上がるという。

俊夫の事例も、今からでもこの会でとりあげていただくと幸いだ。俊夫の主張として、「あのとき僕はこんな気持ちであった。こういう気持ちで今まで生きてきた。いじめをした君たちをこう思っている。周りの大人や先生にたいしては、こう思っている」と語れるといい。

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