政策・提言

泥干潟の価値を広げ三番瀬埋め立てをやめさせよう

2012年3月20日 日本共産党千葉県政策委員長・平井一隆

森田知事就任後から、東京湾奥部に残された貴重な干潟・浅瀬、三番瀬をめぐって、人工干潟の造成という事実上の「埋め立て」の動きが強まっている。1960年代以来、市民の力で50年にわたって守ってきた三番瀬の「第2の危機」とも言える現状をふまえ、三番瀬保全の県民運動を新たに高揚させよう。

1、県民運動で勝ち取った埋め立て計画の白紙撤回

高度成長期の1961年、県が埋め立て構想を策定して以来、三番瀬は埋め立ての圧力にさらされてきた。しかし、1993年に740ha(市川470、京葉港270)の埋め立て計画が公表されたことを契機に、30万人分の反対署名が集められるなど、保全を求める県民運動が大きく前進した。また、この年の総選挙で、志位書記局長(当時)が「三番瀬の保全」をかかげ初当選した。97年3月の船橋市の県議補欠選挙では、定数1で丸山県議が初当選し、11月の市川市議補欠選挙では、定数2で岡田県議が市議初当選した。

こうしたなかで県は、1999年に埋め立て面積を101ha(市川90、京葉港11)に縮小する方針を決定した。「住民の暮らしに役に立つ埋め立て」のシンボルだった下水道終末処理場用地、当時は、「タダで13万人分の下水を処理してくれている三番瀬をつぶして、下水処理施設をつくるのはおかしい」と批判してきたが、これが55haから20haに縮小されたため、「55haの広大な土地は、埋め立てなければ確保できない」としてきた県の言い分が崩れ去った。

こうした中で、2001年3月の県知事選挙は、三番瀬埋め立てが大きな争点となった。日本共産党は「明るい会」の一員として、埋め立て計画の中止を掲げる河野候補の当選をめざして力をつくした。結果は、堂本知事が当選したが、選挙戦を通じて堂本氏の主張が、埋め立て計画「見直し」から、「白紙撤回」へと変化し、当選した堂本知事がその年の9月県議会で、「白紙撤回」を表明するに至った。

2、堂本知事の「白紙撤回」にあった2つの弱点

①「自然を再生すべきである」として、「保全」ではなく「再生」という言葉をあえて使い、人工干潟造成への余地を残した。この弱点が、開発推進勢力に付け込まれている。06年の県議会では、自民党の西尾憲一県議が、ビンに取った三番瀬の水を示し、「ヘドロの海だ」とし「三番瀬埋め立て計画白紙撤回の撤回」を要求した。

人工干潟化の先兵になっているのが市川市だ。この間の市議会の論戦で、行徳支所長がくりかえしている理屈は、▽いまの三番瀬の環境は悪化している、アサリも野鳥も減ってきた、▽人工干潟をつくり埋め立て前の「原風景を復活」させる、▽漁場の「再生」がなければ漁業者の理解が得られない、というものだ。いまの三番瀬が、第1期の埋め立て前と比べて悪化したのは当たり前。「原風景を復活」というなら、いまの埋め立て地をもとの海に戻すというのか。

09年の市広報は、「自然病む三番瀬」とまで書いた。議会答弁でも、第1期埋め立てや地盤沈下で環境が単調になった、海水が流れなくなった、青潮が発生するとして、「環境が悪化」と強弁。だから、人工干潟で元の状態に近づけるのだと、塩浜2丁目の海側に13・2ha(当初は60~70ha)の人口干潟をつくろうとしている。

②国の「3環状9放射の自動車専用道路ネットワーク」の一つ、第二湾岸道路について、「三番瀬の自然環境と調和のとれた計画」として固執したことは、根本的な弱点だった。

06年5月の市町村長との意見交換会で、堂本知事は「先に再生計画を決めた後で、第2湾岸をつくる」と答弁。12月の再生会議では、県は「ラムサール登録と第2湾岸の整合性が取れるように調整をすすめる、ということだ」と説明した。

ようするに、「再生」の名で猫実川河口域を埋め立て、第二湾岸を通し、その後でラムサール条約に登録するという思惑である。堂本氏の「白紙撤回」とは、こういうものだった。

3、森田知事就任で逆流が加速――「第2の危機」

①塩浜地区の開発計画を強力にすすめる

09年5月に市川市は、猫実川河口域の人工干潟化を求める要望書を森田知事に提出した。その狙いは、市がすすめる塩浜地区80haの区画整理方式での開発計画にかかわって、開発地域の前面に砂を入れ、見た目がきれいな人工干潟にし、防潮堤の高さを抑え、土地の付加価値を高めるところにあるのは明らか。

市川市の開発計画は、市川塩浜駅を中心に、商業・宿泊施設、アミューズメント施設、都市型住宅、流通産業の業務拠点などを集める大規模なもの。海岸保全区域の移行(04年)が、土地の価値をばく大に高め、これを大儲けのチャンスにしようというもの。

これにたいし森田知事は、「一番大事なのは、地元の考えだ」と共感を寄せた。

②第二湾岸道路建設推進の動き

また自民党は、第二湾岸道路について、「早期事業化」を毎議会のように主張するようになった。

しかし、道路建設の理由とする交通量の増大は、「東京・千葉間の臨海部交通量は、97年の交通量45万7000台が、おおむね20年後には59万4000台に増えるから第二湾岸道路は必要だ」と説明していたが、実際の交通量は、同じ国の調査で2005年には42万1000台に減少した。さらに交通渋滞の解消も、高浜交差点の渋滞は、1997年は1750mだったのが、2007年には480mと3分の1に大幅に減った。交通量そのものの減少とともに、交差点の立体交差化などの改良工事が進み、渋滞は解消しつつある。

 

ところがここでも市川市は、建設促進を国交省や国会議員に要望している。議会で交通量の減少などを指摘されても、「ネットワークということも視野に入れて判断」と道路建設に固執している。

③泥干潟の値打ちを低める議論をふりまく

また自民党県議は、「三番瀬は潮の流れが停滞して、生物にとって環境が悪化」「手を加えて意図的に再生を行わなければ本当の再生はできない」「かつての三番瀬を再生するのであれば、きわめてゆるやかな傾斜が沖までずっと長く続いていくといったような海岸線にするべき」などと、知事に人工干潟の造成を迫った。

しかし猫実川河口域の泥干潟は、見た目のきれいな砂干潟以上の多様な生き物が生息しており、三番瀬円卓会議の提言のなかでも「三番瀬の生物多様性の保全においてとくに重要な場所」と記されている。三番瀬の船橋側にはいない生物が多数見られ、千葉県のレッドデータブックに掲載されている希少種は、10種類以上が確認されている。さらに、約5000㎡におよぶカキ礁の存在は、水質浄化機能とともに魚礁としての機能も高い。猫実川河口域の泥干潟は、かけがえのない貴重なものだ。

ここを「ヘドロの海だ」と意図的にゆがめる企てが、再三にわたって県議会でも市川市でも行われている。これは、泥干潟の値打ちが市民に知られれば埋め立てがすすまないという、彼らの弱さの表れだ。

④市民の声を閉め出して人工干潟化をねらう

自民党県議は、「(三番瀬再生会議は)あえて再生への遠回りを考えている方々をそのメンバーに加わっていただいているとも思いたくなる状況」と、再生会議の解散を求めた。森田知事も、三番瀬再生会議の議論が「時間がかかりすぎている」と自民党に同調。「行政主導でスピード感を持って進めていきたい」と宣言し、ついに2010年12月、再生会議を廃止した。

再生会議は、専門家とともに、公募委員や環境保全団体、自治会代表なども加わり、6年間で32回の議論を重ねてきた。傍聴者も発言でき、すべての議事の公開が保障されてきた。その廃止で、市民の声を排除しながら、県・市、開発推進勢力は、人工干潟化への動きを強めている。

11年12月県議会では、自民党県議が「護岸整備とあわせて干潟の造成を」と迫り、県は「市民が海に親しめるための一つの方法」と答弁。同じタイミングで市川市は、広報で三番瀬を特集し、「砂付けによる干潟の再生を県に要望」と書き、“こんなにきれいな場所に(見た目は)なりますよ”と大宣伝した。

4、「第2の危機」にあたってどうたたかうか

かつての三番瀬埋め立て計画は、下水道処理場の建設や道路用地などの土地造成が主な目的になっていた。しかし、計画の白紙撤回にいたる経過や環境保全への県民の意思は、そうしたあからさまな埋め立てを許さない状況をつくりあげている。そこで、埋め立て推進派が目をつけたのが、「再生」の名による人工干潟の造成であり、それを塩浜地区の開発と一体に押し出している。人工干潟化は、事実上の「埋め立て」であり、第二湾岸道路の建設にとっても決定的な前提条件となる。

①泥干潟の価値を広げて砂を入れさせない

県・市議会の論戦を見ても、泥干潟の価値を低めようとする議論が盛んにやられている。これは、彼らの最大の弱点の裏返しだ。泥干潟の生物多様性、水質浄化作用の大きさは、まさに三番瀬の価値の多くを担っている。ここに砂を入れるということは、泥干潟の機能を根底から破壊することになる。泥干潟の豊かな役割を徹底して明らかにし、知らせていく取り組みが、三番瀬の保全を求める運動にとって決定的に重要だ。また、全国でやられた人工干潟化は、莫大な費用をかけても成功していない。大阪の堺浜、福岡のシーサイドももち、稲敷市の浮島など、「公共事業のムダ遣い」が指摘されている。

逆に、開発勢力がどうしてもやりたい第二湾岸道路は、浦安側の予定地を地図で見ればわかるように、猫実川河口域の泥干潟に手をつけずに通すことはできない。手をつけないとするなら、震度の深い地下トンネルにする以外に通しようがない。

したがって、現在進んでいる塩浜2丁目の石積み護岸までは許したとしても、砂付けによる人工干潟化は絶対に許さないという、たたかいと世論づくりが必要となる。なお、2・3丁目はもちろん、1丁目の人工干潟化についても、泥干潟への影響を考えればやるべきでない。いまある人工干潟、養貝場の拡大の場合でも、「順応的管理」などの慎重な検討が必要だ。船橋漁協の大野さんは「泥質の穏やかな環境がなくなれば、ゲームオーバーだ」と強調している。

②東日本大震災を受け、まちづくり計画を抜本的に改めさせる

もともと水際線は、宮内庁の新浜鴨場の中を貫いていた。それより海側は、台風などによる高波などにさらされる危険がある地域で、土地利用は倉庫などに限られていた。現に、塩浜地区は工業専用地域だった。水際線をいまの海岸線に動かし、開発できる土地に変身させたが、自然環境や防災上の条件が、何か変わったわけではない。欲をかいて、開発につきすすんでいいのか、が問われている。

しかも、首都圏直下型の大地震が、30年以内に70%の確率で起こり、震度は6強から7に引き上げられるというもとで、液状化の危険や住民の安全はどうなるのか。想定外だった津波対策が、東京湾内でも必要となっているもとで無謀な開発を許していいのか。また事業としても、液状化や津波が心配な地域で、区画整理の保留地が売れるのか。売れなければ、ばく大な市民負担が生じることになる。

既存市街地の整備や老朽化した橋梁などの改修が緊急に求められるもとで、新しい開発計画に熱中する余裕はない。防災、減災の観点から、塩浜地区のまちづくり計画は抜本的に見直す必要がある。いまの計画、商業施設や住宅などの建設はやめ、防災や海との触れ合いなどに土地利用を限るべきだ。

③塩浜地区の土地利用計画は市民の参加と総意で

野鳥の楽園と三番瀬を結ぶ開削、漁港先の養貝場の市民的な活用、東浜1丁目や江戸川放水路の干潟の活用、緑の回廊づくりなど、いまこそ、三番瀬の豊かな環境を生かしたまちづくりこそ求められている。また、来るべき大震災を想定してこの地域をどう利用するのかを、漁業者をふくむ多くの市民の参加で検討することが大事だ。

市をふくむ地権者の5者だけの議論では、どうしても利益優先、商業主義的な活用にかたよる。しかし、市有地というのは市民の財産のはず。そこをふくむまちづくり計画を、欲をかいた人たちにまかせるわけにはいかない。「市有地の活用計画は市民全体での議論を」という世論を高め、広範な市民参加のしくみを求めよう。

5、保全のためのとりくみの強化を

ラムサール条約締約国会議は7月にルーマニアで開かれるが、ここでの三番瀬の登録は難しい状況。しかし、この会議を機に、国内でも関心と話題が高まるだろう。それに呼応したとりくみを新たな出発点にして、次の締約国会議に向けてラムサール条約登録をめざそう。  その際、このとりくみを党としてどう位置づけるかが重要だ。

①「支部が主役」で「車の両輪」のとりくみの一つに

4中総決定は、「二大政党づくり」が破たんしつつあるなかで、次の総選挙で何としても躍進を実現するために、「党勢拡大大運動」を発展・飛躍させる強化方向をしめした。その一つとして、「支部が主役」で要求活動と党勢拡大を「車の両輪」としてとりくむことが強調されている。

市川市の党組織にとって、消費税問題やTPP問題、介護保険などと合わせて、三番瀬問題が一つの重要な切り口になるのはまちがいない。支部と党員が、「三番瀬を守ろう」と、広範な市民の中に分け入っていくことが重要だ。

②総選挙勝利にむけた「一点共闘」としての位置づけ

また4中総では、総選挙勝利にむけた国民との新たな共同をつくる上で、「一点共闘」を重層的に広げることも強調されている。三番瀬を守るとりくみは「守る会」が軸になっているが、必ずしも多くの党員が支えているとはいえない状況がある。

「守る会」の運動に党が積極的にかかわって、幅広い市民運動や無党派市民との共同を広げよう。

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